Chiroblog

綴ります

気分


人は皆気分屋なのだと思う。考えてみればそれはそうだ。人には感情があるのだから。その浮き沈みがあるのは当たり前である。ただ、これまではどうにかして気分を一定に保とうと思っていた。真面目なら、ずっと真面目であり続けるべき、お洒落なら、ずっとお洒落であり続けるべき。こんな風に思っていた。気分屋。この言葉がとても心を軽くしてくれた。不真面目になりたいときだってあるし、お洒落に気を遣わず、ただただ楽な格好で近所のスーパーに出掛けてお総菜で済ませる夜ご飯を好んで食べたいときだってある。だって、気分屋だから。みんなが気分屋で皆がそう。自分の感情、自分の気分。それに耳を傾けて、自分のことを縛り付けることなく、ありのままの自分を解放してあげる。楽に軽やかに、何かを頑なに守る必要なんてないのだから。心が安心する方へ。

気分

部屋が整う

部屋が整う人はどんな人だろうか。常に部屋の綺麗さを意識している人。たしかにそうなのかもしれない。ただ思うのだ。心の状態が良ければ自然と部屋は片付いてくるのだと。なにせ心の状態が良ければ、目に見える範囲が散らかっているとそれだけで、ストレスに感じるから。心地よさ、自分の心の気持ちよさの従えば自ずと部屋は綺麗になってくる。生活感のない部屋がいいと言っているのではない。あくまで自分の心、自分の居心地がいい感覚を感じられる場所を作る。そうすれば、身も心も休まる安心感のある場所ができあがる。自分の心に従って、思うがままに場所を作り上げていく。

部屋が整う

静と動

交感神経と副交感神経。この2つのどちらかが働いていることを明確に意識してみる。さっきはこっち。今はこっち。交感神経が働きすぎていると、いつか必ず疲れてしまう。一方、副交感神経ばかりが働いていると、その状態に慣れてしまい、同じ状況下においてもリラックス効果を得られなくなってしまう。程よい、緊張。そして、緩和。このバランス取り続けていくことで、精神状態が安定する。どちらかに振るのではなく、バランスを大切に。自分の身体の声を聞いて。静と動を意識して。今、自分がどちらに傾いているのか。まずは、それを意識して

静と動

積み重ね

積み重ねが好きな人は、うまくいくと思う。積み重ねに勝る才能なんてないから。まったく練習をしないで、世界最強な人なんて存在しない。確実に、いや着実にただ地道な努力を積み上げてきたからこそ世界最強になれたんだから。いや、まぁ世界最強になれとは言わない。あくまで極論をとして例にして挙げたけど、一日一日、いや、1秒1秒を積み重ねていこうって言いたかったんだ。一日1つ新しいことをすれば、1年後には365個の新しいことが経験として身体に残っている。それを10年続けたら、3650個の新しいことが身体に入っている。積み重ねってそういうことだと思う。積み重ねでしか、行き着くことのできない場所は必ずあるし、積み重ねができる人はいつか必ず周りから抜きん出ることができる。そう、安泰ってこと。積み重ねに勝る才能はないよ。

 

積み重ね

輪郭はバロメーター

 

 

今の状態は輪郭に表れる。そう思うようになった。ぼやっとしていれば、自ずと輪郭もぼやっとしてくるし、テキパキと過ごしていれば、輪郭はハッキリとしてくる。輪郭がぼやっとしていようが、していなかろうが、正直どちらでもいいと思う。のほほんと過ごしていれば、丸い輪郭になるだろう。だが、それがわるいわけでは決してない。望んでそう過ごしたいのであれば、そうするのがいいと思う。これは性格の問題だから。ただ、何かうまくいかない、調子がわるいと思っているときは、輪郭を整えればいい。本を読んで頭をクリアにして、目の前の仕事をテキパキとこなす。そうするだけで随分と気分がすっきりとする。視界も晴れる。気分も上がる。身体にとってもとてもいい状態になる。

 

輪郭はバロメータ

バネ

さぁさぁ、夏がきたぞ。夏はいいよね、夏は。正直なところ昨年までは夏が全く好きではなかった。暑いし、暑いし、暑いし。どうしてこんなにも暑くなるのだろうか。過ごしにくいな。ジトジトしてんな。じめじめしてんな。あー、つら。もう、一日中クーラーの効いた部屋の中でスナック菓子でも摘まみながら、炭酸を流し込んでアニメでも見ていたいわ。外に出れば汗もかくし、お洒落をしようとくすみカラーのTシャツなんぞを着てしまった日にはもうお仕舞いで、インナーを着ていたとしても汗じみが浮かびまくりで、もう大変なんだから。あー、もう夏ってつら。そんなふうに思っていた。ただ、今年からはなぜだが、そんな風に思わなくなった。むしろ、夏よこい、早くこい、もう、こげな寒い冬はいやなんじゃ、夏がいい夏がいい、あの暑い夏、いやアツい夏、いやいや、心踊る夏、。そう、そんな夏が待ち遠しい。そんな風に思うようになった。なぜだろう。やっぱりBBQの存在だと思うのだ。ちょうど一年前の頃までは、正直BBQのバの字も知らなかったのであるが、もう始めてからのどハマりで、楽しいことこの上ない。正直にいうと、気のおけない仲間たちと集まって、陽気な音楽を聴きながらと美味しい肉を頬張ることがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。学生時代は何かと辛い経験が多くて、自分の力を磨くことばかりに焦点を当てていて、友達と遊びに行こうとか、絆を築いていこうとか、皆でワイワイして楽しもうぜとか、そんなノリとはかけ離れたところにいた。とにかく未来のことが不安で不安で仕方がなくて、勉強しなければ。いや、勉強なんていている場合なのだろうか。それよりももっと優先してやるべきことがあるのではなかろうか。勉強などしている暇などではないのだろうか。それくらい、家庭環境があまり良いものとは言えなかった。ただ、様々な物語を読み漁っていくなかで、あれ、全然俺なんて大したことなかったじゃん。そんな風に思うようになった。もっとはっちゃけて本気で羽目を外して遊んでおけばよかった。そんな風に思う。ただ、大切なのはここからで、さぁ、大人になってしまった。ははー、大人になってしまったのだ。。たまらん。。そりゃ、もう今まで楽しんでこなかった分の反動がくるよね。もうね、ここぞとばかりに、財力と想像力をつぎ込んで、それはそれは楽しい空間を作るよね。みんなで楽しむことのできる場所を作るよね。そんな風に思っている。たしかに、過去は変えられないし、大人になってから、過去にもっとあんなことをしておけばよかったと思うことなんてたくさんある。真剣に勉強をしておけばよかった、思い切り遊んでおけばよかった。もっとたくさん愛犬を可愛がってあげればよかった。両親の前でたくさん笑っていればよかった。家族仲良くいられるようにもっと努めていればよかった。もっともっと友達を大切にしておけばよかった。みんなと楽しい時間を作るために努力をしておけばよかった。もっとたくさん本を読んでおけばよかった。。あぁ、パッと考えるだけで全く後悔は尽きないのであるが、ただ一つ言えることがある。そんな後悔があるからこそ、今の自分がこうして立っていられるということだ。今までにすべての経験、すべての出会い、すべての事柄によって身体は形作られている。だから、かつてあった経験のひとつでもなければ、いまこうして自分はここに立っていない。そして、過去の悔しさがあったからこそ、その悔しさがバネとなり、大きな大きな原動力となっているのであるし、その反動が大人を楽しみきるぜとの方向性を示してくれているのだ。だから、きっと、これからも後悔はすると思うし、未来でもあの時にこうしておけばよかったと思うタイミングはくるであろう。ただ、思うのだ。それはまたそのときのバネになるから。いまやることは、過去をバネにしていまを生きること。長くなってしまった笑笑、まぁ、つまり、夏は最高ってことだ!!!!大人をとびきり楽しんでやろうと思う。人生最高の夏を仕上げていきたいと思う!!

文字を綴ることが好きなのだ  

文字を綴ることが好きなのだ。こういうと何でもいいから文字を羅列していればそれで気が済むのかと思われるかもしれないが、それが結構当たっているのである。とくにこれを書きたいと言うことはなく、ただ今感じていることを文字として起こしていく、この作業が好きであり、それを行っているだけで、とても心地よく、気分が良くなるのである。何かテーマを決めて書こうとすると頭も使うし、体力も使う。ただ、このように好きなことを好きなように書いていくこの時間は、一種の至福のときと言えるかもしれない。変わっていると言われたら、変わっているかもしれない。ただ、これが好きなのだから仕方ない。これが一番心地よいのだから仕方ない。好きなことを好きなようにして、好きに生きて行く。こういうと大袈裟に聞こえるかもしれないが、自分の機嫌くらい、自分でとれる人でありたい。そうして、幸せに生きていきたい。あぁ、楽しい。幸せだ